蛇にピアス-----金原ひとみ
蛇にピアス
金原 ひとみ / 集英社
ISBN : 4087746836
イタイ度: ★★★★★
グロ・エロ度:★★★★☆
為になる度:★☆☆☆☆
共感度:ある人にとっては★★★★★ある人にとっては☆☆☆☆☆

"二本の歯をビニールとタオルにくるみ、トンカチで叩いた。ボス、ボスという鈍い音が胸を震わせた。粉々になると、私はそれを口に含んで、ビールで飲み干した。それは、ビールの味がした。

アマの愛の証は、私の身体に溶け込み、私になった。"


【加藤レンジャーからの一言】
私は、この本を「私の好き系だな」と思って読んだ。
けれどこの本は「読む人を選ぶ本」であり、全員が全員私と同じ感想を持つわけではない。
それはどんな本でもそうなのだが、この本はそれが極度に出るのではないだろうか。
アマゾンのレビューを見てもそれが伺える。


Amazon.co.jpより
ピアッシングや刺青などの身体改造を題材に、現代の若者の心に潜む不気味な影と深い悲しみを、大胆な筆致で捉えた問題作である。埋め込んだピアスのサイズを大きくしていきながら、徐々に舌を裂いていくスプリットタン、背中一面に施される刺青、SM的なセックスシーン。迫力に満ちた描写の一方で、それを他人ごとのように冷めた視線で眺めている主人公の姿が印象的だ。第130回芥川賞受賞作品。

顔面にピアスを刺し、龍の刺青を入れたパンク男、アマと知り合った19歳のルイ。アマの二股の舌に興味を抱いたルイは、シバという男の店で、躊躇(ちゅうちょ)なく自分の舌にもピアスを入れる。それを期に、何かに押されるかのように身体改造へとのめり込み、シバとも関係を持つルイ。たが、過去にアマが殴り倒したチンピラの死亡記事を見つけたことで、ルイは言いようのない不安に襲われはじめる。

本書を読み進めるのは、ある意味、苦痛を伴う行為だ。身体改造という自虐的な行動を通じて、肉体の痛み、ひいては精神の痛みを喚起させる筆力に、読み手は圧倒されるに違いない。自らの血を流すことを忌避し、それゆえに他者の痛みに対する想像力を欠落しつつある現代社会において、本書の果たす文学的役割は、特筆に価するものといえよう。弱冠20歳での芥川賞受賞、若者の過激な生態や風俗といった派手な要素に目を奪われがちではあるが、「未来にも、刺青にも、スプリットタンにも、意味なんてない」と言い切るルイの言葉から垣間見えるのは、真正面から文学と向き合おうとする真摯なまでの著者の姿である。(中島正敏)

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
金原 ひとみ
1983年(昭和58)年8月8日生まれ。東京都出身



 皆さんご存知、あの有名な「蛇にピアス」。第130回芥川賞受賞の時はとても騒がれてた。「なんだかイケイケ風味のお姉さんが賞とってる。」私自身、話題に踊らされたと言っても、過言ではない。いや、むしろそうだ。
 けれども踊らされて良かった、本当にそう思っている。

 興味を持って初めに手に取ったのは「蹴りたい背中」ではなく「蛇にピアス」なぜか私は自然にこちらに手が伸びていた。噂に、この作者は村上龍を尊敬しているだとか。私自身、村上龍が好きなので、これは必見だと思っていた。
 もう一つ理由がある。ある友達がこの本を読んだ時、「ごめん私受け付けない。気持ちが悪くて怖い。現実味がないからかなぁ・・」そう言った。けれども別の友達が読んだ時「凄くいい。ホントに芥川!!って感じ。妙に感情入ってイッキに読んだよ」と言った。両極端に分かれる意見。その後、後者のほうに、言われた。「あんたが好きそうな作品だよ」

 生きるとは何だ。私は何で生きてるんだ?
 現代の若者ならば嫌でも一度は考える、まさしく若者らしい問いだ。矛盾の多すぎる世の中。その中で若者は自分なりの方法でその意味を見出そうとしている。例えばルイ(主人公)のその「生きている」実感が、スプリットタンだったのだろう。穴を大きくしていけばしていくほどに感じる痛みに、彼女は自分が「生きている」という実感を見出していたのかも知らない。

 「未来にも、刺青にも、スプリットタンにも、意味なんてない」ルイは言う。そうなのか、本当にそうなのか?
 『彼女は自分を人間だと思っていたのだろうか。もしも思っていたとしたなら、彼女は蛇になることで、人間ではない別のものになりたかったのではないか。いいや違う、もしかして痛みを通して、今時分は人間であるということを再確認したかったのだろうか。』
 読んだあと、私はそんなことをずっと考えていた。結局答えは出なかった。なぜならこの主人公のルイは、本当に深く複雑な人間で(純粋さと優しさも兼ね備えているが、本編ではそれが酷く屈折しているように見える)私程度には読み解くことなど出来ないのではないかと思ったから。本当にそこには意味が無かったのだろうか。私には解らない。

 ギャル・パンク・ギャング。この文字を見て、この作品を遠ざけてしまうのはいけない。裏の若者文化にレッテルをはって、「なんて陳腐な文化だ」とひと括りにして、この作品まで遠ざけるのは正直、勿体無い。全員が全員、浅はかな人間ではない。少なくとも私は、この作品に出てくるいわゆる「ヤンキー」と呼ばれる人たちに、純粋に同情と共感の感情を抱いた。

          ***

 私の友達は刺青を入れている。(大親友の姫)その友達は、今私が一番に守ってあげたいと思っている子である。
 彼女の太股には、美しい桜が一輪咲いている。その周りには、彼女の名前と、掛け替えの無い旧友の名前が丁寧に彫られている。

 私が痛々しいというように彼女の刺青を見ると、彼女はいつも少し悲しそうに笑う。その理由を、私は知らない。
 刺青には、本人にしか知ることの無い真実が存在しているのかもしれない。それを一概に「いけないのだ」と拒否するのは、浅はかを通り越しているように私には見える。
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by katoren | 2005-06-24 14:47 |  【読書で学ぶ】小説・哲学
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